NAS 660 耐熱ステンレス鋼
特徴
NAS 660は、700℃の高温まで優れた強度、および耐酸化性を有する析出硬化型 耐熱ステンレス鋼であります。この温度域までは、Ni基耐熱合金と同等の強度を持っており、これの代替として使用可能です。当社では、シートだけではなくコイルでの供給が可能であります。
化学組成
高温強度を高めるγ'相(fcc_Ni3(Al,Ti))を析出させるためにAl、Tiを含有し、さらに固溶強化により高温強度に寄与するMo、V、Bも含有しております。
この組成は、JIS SUH660(G4312)の規格に準じたものです。
単位 (%)
- | C | Si | Mn | Ni | Cr | Mo | V | Al | Ti | B |
SUH660 JIS規格 |
≦0.08 | ≦1.00 | ≦2.00 | 24.00〜 27.00 |
13.50〜 16.00 |
1.00〜 1.50 |
0.10〜 0.50 |
≦0.35 | 1.90〜 2.35 |
0.001〜 0.010 |
NAS660 | 0.01 | 0.2 | 1.0 | 25.0 | 15.0 | 1.2 | 0.3 | 0.20 | 2.15 | 0.004 |
物理的性質
密度 g/cm3 | 7.94 |
比熱 kJ/kg・K 40〜700℃ | 0.460 |
融点 ℃ | 1371〜1427 |
透磁率 μ | 1.01 |
温度 | 固有電気抵抗 μΩ‐cm |
30℃ | 91 |
540℃ | 116 |
650℃ | 119 |
731℃ | 120 |
815℃ | 122 |
温度 | 熱伝導率 W/m・K |
150℃ | 15.0 |
300℃ | 17.8 |
500℃ | 21.8 |
600℃ | 23.8 |
温度範囲 | 平均熱膨張係数 10-6/℃ |
21〜100℃ | 16.8 |
21〜500℃ | 17.7 |
21〜650℃ | 17.4 |
21〜750℃ | 18.5 |
21〜900℃ | 19.4 |
温度 | ヤング率 (N/mm2) | 剛性率 (N/mm2) | ポアソン比 |
24℃ | 20.1×104 | 7.2×104 | 0.306 |
593℃ | 15.8×104 | 5.7×104 | 0.331 |
649℃ | 15.3×104 | 5.5×104 | 0.336 |
704℃ | 14.9×104 | 5.3×104 | 0.338 |
760℃ | 14.2×104 | 5.2×104 | 0.340 |
*物理的性質は、固溶化熱処理+時効処理材のものです。
機械的性質
室温における機械的性質
機械的性質の例を表-2に示します。いずれもJIS規格を満足しており、固溶化熱処理後に時効処理を施すと320HV程度まで硬化します。時効硬化量が非常に大きい特徴があります。
鋼種 | 熱処理 | 0.2%耐力 (N/mm2) |
引張強さ (N/mm2) |
伸び (%) |
硬さ (HV) |
備考 |
SUH660 JIS規格 |
固溶化熱処理 | − | 730以下 | 25以上 | 202以下 | 固溶化熱処理条件 965〜995℃急冷 |
固溶化熱処理 +時効処理 |
590以上 | 900以上 | 15以上 | 261以上 | 時効処理条件 700〜760℃×16h空冷 |
|
NAS660 (板厚4mm) |
固溶化熱処理 | 344 | 665 | 40.4 | 176 | 0.2%耐力は参考値です |
固溶化熱処理 +時効処理 |
774 | 1099 | 24.6 | 318 |
高温短時間引張強度
720℃×16hr時効処理材の高温での機械的性質の例 (板厚4mm)
温度 (℃) |
0.2%耐力 (N/mm2) |
引張強さ (N/mm2) |
伸び (%) |
20 | 851 | 1143 | 22.8 |
300 | 739 | 998 | 14.0 |
400 | 743 | 967 | 14.8 |
500 | 715 | 926 | 13.0 |
600 | 690 | 857 | 16.8 |
650 | 678 | 809 | 19.4 |
700 | 609 | 719 | 24.9 |
750 | 450 | 593 | 36.0 |
800 | 301 | 403 | 44.0 |
900 | 55 | 104 | 75.6 |
高温硬さ試験
一般的な耐熱鋼であるSUS310S、Incoloy 800と高温硬さを比較した結果を示します。試験温度800℃まではNAS660の方が、高温硬さが大きく、これらの耐熱鋼より高温強度に優れていることが判ります。
クリープラプチャー強度
720℃×16hr時効処理材のクリープラプチャー強度を示します。(代表例 ; 圧延棒)
試験温度 (℃) |
ラプチャー強度 (N/mm2) |
伸び (%) |
クリープ強度 0.5%全歪 |
(N/mm2) 1.0%全歪 |
|
100hr 強度特性 |
538 | 689 | 3 | 559 | 634 |
593 | 562 | 3 | 525 | 551 | |
649 | 434 | 5 | 365 | 414 | |
704 | 304 | 12 | 207 | 244 | |
732 | 241 | 28 | - | - | |
816 | 90 | 55 | - | - | |
1000 hr 強度特性 |
538 | 599 | 3 | 537 | 585 |
593 | 490 | 3 | 469 | 482 | |
649 | 317 | 9 | 241 | 282 | |
704 | 207 | 24 | - | 155 | |
732 | 148 | 35 | - | - | |
816 | 58 | - | - | - |
時効硬化特性
16hr保持した場合のNAS660の時効硬化挙動を示します。固溶化熱処理材は700℃前後で時効熱処理することで最高硬さが得られます。
固溶化熱処理材について、時効処理温度と時間の影響を調べた結果を示します。時効温度が低すぎると最高硬さを得るまでに長時間の保持が必要となり、逆に高すぎると短時間の保持で過時効による軟化が起こります。
加工硬化特性
NAS 660の加工硬化特性はSUS310Sと同等で、SUS310Sと同レベルの冷間加工が可能です。
耐食性
NAS 660の耐食性はSUS304と同等以上であります。
耐食性評価結果 (JIS G 0577)
鋼種 | 孔食電位 (V) |
NAS 660 * | 0.37 |
NAS 660** | 0.38 |
SUS 304 | 0.28 |
*固溶化熱処理材、**固溶化熱処理+時効熱処理材
試験条件: 3.5% NaCl、30℃
熱処理
本鋼は析出硬化型合金であり、一般に下記に示す二段の熱処理が行われます。
固溶化熱処理 980℃ 保持後、油冷または水冷
時効硬化処理 720℃、16時間保持、空冷
固溶化熱処理の冷却方法は油冷または水冷することが必要ですが、板厚が薄い場合は空冷でも適当です。コイルで購入の場合は、原則 固溶化熱処理後での納品となります。固溶化熱処理後に時効処理を行うことで強度は増加し、本鋼の特性を発揮します。時効処理の温度、保持時間が適切でないと、目標とする強度が得られない場合がありますでの注意が必要です。
切削性
標準オーステナイト系ステンレス鋼に比較し、若干切削性が優れています。切削は高速度鋼工具でも可能ですが、なるべく超硬工具を用い、送り速度を遅くし、切り込みを深くする必要があります。
溶接性
板厚が薄い場合はオーステナイト系ステンレス鋼と同様の条件で、スポット溶接、被覆溶接棒あるいはインナート・ガスシール溶接などが可能です。また、真空中または乾燥純水素気流中でロウ付けも可能です。
酸洗
標準オーステナイト系ステンレス鋼に比べ酸洗性は若干劣りますが、アルカリ溶融塩による方法を用いることで問題なく作業できます。なおアルカリ溶融塩処理後、オーステナイト系ステンレス鋼で通常用いられている酸洗を軽く行うことが望まれます。